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東京高等裁判所 昭和43年(う)1736号 判決

主文

原判決中、被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

ただし、この裁判確定の日から四年間、右刑の執行を猶予する。

理由

〈前略〉

冨永弁護人の論旨第一点の第一について

所論にかんがみ、原判文を査閲するに、原判決は、被告人の「罪となるべき事実」を判示するにつき、その犯行の日時として、第一の一は「同年一〇月八日頃」(なお、ここに「同年」とは昭和四二年を意味するものであることは判文上明白である)、同二は「同日頃」、同三は「同月二七日頃」と判示し、ついで、第二の一は「同月六日頃」、同二は「同月八日頃」、同三ないし五は、いずれも「同日頃」、同六は「同月八日頃」と判示(ちなみに、そのつぎの同七はあらためて「同年一一月上旬頃」と判示。)していることに徴すれば、所論指摘の右第二の一ないし六にいわゆる「同月」または「同日」とは、昭和四二年一〇月または一〇月中の「同日」を意味するものと解すべきは所論のとおりである。そうだとすれば、これらの各事実に関する原判決挙示の各証拠によるも、被告人が、原判示第二の一ないし六に記載してある各受供与者に対し、原判示の日ころ、原判示のごとき趣旨のもとに原判示の各現金を供与したとの事実を認めるに由なく、かえつて、これらの各証拠によれば、原判示第二の一の塚越すいに対しては昭和四二年一一月六日ころ、同二の斎藤敏枝、同三の飯村なみ、同四の中島守一、同五の竜福晴雄、同六の会田なつに対しては、いずれも、同年二月八日ころ、原判示のごとき趣旨のもとに原判示の現金を供与したことが認められるのであるから、原判決の事実と証拠の間にくいちがいがあることとなり、その理由にくいちがいをきたしているものといわざるをえない。

もとより、犯行の日時のごときは、多数の犯行を判示するような場合には、それが前後の関係から推して明白な誤記と認めることが客観的に相当な場合もありうることは当然であり、本件においても、これを誤記と認める余地があるとの見解もなくはないであろうが、およそ判決において事実を判示するにさいし犯行の日時をも判示するのは、主として、犯行の同一性を特定するとともに、標準となるべき適用法令を特定させるためにほかならない。しかるに、本件においては、前記のごとき記載の態様に照らして(とくに前記第二の一ないし六と七との関係等)これを単なる誤記と認めるのは客観的に相当とは認めがたいのみならず、原判決は、第一ないし第三の事実として、合計三七回にわたる供与(うち一回はその申込)の事実を判示しているのであるから、これが事実の特定につき、犯行の日時はとくに重要な要素となるべきものであり、なかんずく、もし、それ、原判示第二の一ないし六の各事実が、原判示のごとく昭和四二年一〇月中の犯行とすれば、被告人が本件選挙に立候補したのは同年一一月四日であること記録上明白であるから、右各所為は立候補届出前の違法な選挙運動となり、原判示第一の各所為とともに、公職選挙法にいわゆる事前運動の罪の一罪をも構成し、これと刑法第五四条第一項前段によつて処断される関係となり、原判決のごとく、第一および第二の各罪をただちに併合罪として処断することはできない結果を招かざるをえず、前記犯行日時の異同は、法令適用の基礎に差異を生ずることは明らかである。してみれば、本件における前叙のごとき犯行日時の誤りは、これをもつて単なる誤記あるいは判決に影響なきものとして看過することは許されないものと解さざるをえない。

したがつて、原判示第二の一ないし六の事実については前記のごとく判決の理由にくいちがいがあるものといわざるをえず、結局本件控訴はこの点において理由あるに帰するものというべきである。

同弁護人の論旨第一点の第二について

所論は、原判示第三の事実につき、原判示金員はポスター貼り等の労務賃であつて、投票および投票取りまとめの報酬の趣旨ではない、かりに一人あたり金二、〇〇〇円が労務賃として多額に過ぎるとしても、そのうち少なくとも金一、〇〇〇円は労務賃と認められるべきものであるから、各一、〇〇〇円につき供与罪が成立するに過ぎない、本件の場合は右両趣旨の金員が一括して交付されたものではあるが可分の場合であり、不可分のごとく供述している各受供与者の供述調書は捜査官の誘導によるものであるとして原判決の事実誤認を主張する。

なるほど、原判示第三の各受供与者の捜査官に対する各供述調書、その他記録によれば、右受供与者らにおいて、原判示の日にポスター貼りの労務を提供した事実はこれを認めうるが(ただし、須藤米太郎はなんらの労務を提供していない。)、これに対するいわゆる労務賃が原判示二、〇〇〇円であるとか、あるいは一、〇〇〇円であるとは認めがたく、被告人らにおいては、その正当なる労務賃のいかんにかかわりなく、これと原判示のごとき違法な報酬とを一括不可分の関係において、一律に金二、〇〇〇円ずつを供与し、各受供与者らにおいてもその趣旨で受領したものであることが明らかであるから、たとえ原判示二、〇〇〇円中には一部正当な労務賃が含まれているとしても、右二、〇〇〇円全体について供与罪の成立すべきことは最高裁判所判例の趣旨に徴して明らかである(昭和二九年六月一九日第二小法廷決定・刑集第八巻第六号九〇三ページ、同三〇年五月一〇日第三小法廷判決・刑集第九巻第六号一、〇〇六ページ、同四三年七月二五日第一小法廷決定参照)。以上の事実は、大穂町選挙管理委員会の送付にかかる被告人の選挙運動費用収支報告書に所論にそうがごとき労務賃の支出の記載がないことに徴しても明らかである。もつとも、右報告書には、原判示受供与者の一人である荒井司郎作成名義の金一、〇〇〇円の受領証が添付されてはいるが、その記載内容と同人の各捜査官に対する供述調書とを対比し、かつ、被告人および小島常吉の捜査官に対する各供述調書に照らせば、右受領書の記載は到底措信するに由なく、これをもつて右荒井に対する本件供与金額が可分のものと認めることはできない。なお、前記各受供与者の捜査官に対する供述調書が捜査官の誘導によつて作成されたとの疑いは記録上全くこれを窺いえない。他に、原判決に所論のごとき事実誤認の疑いはなく、論旨はいずれも理由がない。

しかし、前記のごとく、原判決には理由にくいちがいがあり、原判決はその理由にくいちがいがある原判示第二の一ないし六の各罪と原判示その余の各罪とを一個の併合罪として処断しているのであるから、各弁護人の量刑不当に対する判断をまつまでもなく、原判決中被告人に関する部分は全部破棄を免れない。〈後略〉(栗本一夫 石田一郎 金隆史)

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